ミヤさんの日々のネタ日記

このブログに来て頂き本当にありがとうございます! 平成9年生まれ男性→2014年3月〜血液透析をしています。 時々来てくれる相方もいます。のんびり読んで下さいね(´∀`) 日常のお話、透析のお話、色々書いています。 ぜひのんびりと一息していってくださいね。

タグ:思い出話

こんばんは ミヤです。

皆様、最近はお元気でしょうか?

個人的には、ここ最近はなかなか体調もすぐれず、毎日ベッドに横たわっているか
体がボロボロになっているかの2択です・・・。

特に昨日(5/23)なんかは、午後から完全に動けず
午前中、会社で何度も吐きまくった結果早退してしまう羽目に・・・

皆様も体調には十分ご注意くださいね・・・😭

さて、 今回は僕の根本の楽器のお話について。

僕自身は打楽器をやっている為、基本的に後ろの方でドンチャカやっています。
時には、指揮者の先生の無茶振りで「ここ鳴ける?(犬の鳴き声)」を平気で言ってくる人や、「ここ1人でできる?ʬʬʬ(通常4人いるはずなのになぁ・・・と思いながらはいって答えちゃうんだけど💦)」
という無茶振りを大体一通りこなしてきております💦

とはいうものの、なぜ、打楽器をやる上で
管弦楽から始めたの?という質問をよくいただきます。

今回は、そんな質問に答えていこうかなと思います。

実は小学生の頃に、芸術鑑賞会があってその頃にいらっしゃったプロの演奏者の先生方の演奏に惚れたというのが模範解だと思います。
その先生は現在は現役を引退されて、今はその楽団の事務局長を務めていらっしゃいます。
そんな先生の演奏に惚れ込み、僕自身は先生方にご鞭撻いただける機会があると言うことで
小学生ながら、地元のジュニアオーケストラに入団し、大学卒業年の定期演奏会まで、所属していました。

普通の人たちであれば吹奏楽、変わった所であれば、マーチングといった世界から入る方が多いのかなぁといった印象ですが、僕はたまたまオーケストラという場にのめり込み、そして今まで山あり谷ありとしながら今日まで続けています。 

時たま、ジュニアの方は、裏方のお手伝いにいったり、後輩たちの本番を見に行きがてら、足りないパートがあったら即興でお手伝いをしたりなど、いまだに活躍中です💦

実際の所、打楽器のパートの中では、卒団生は初めて。
かつ僕自身が多くの先生や団員と関わりを持ってきたのかなと自負しています。
現在も一部の子達とも仲が良く、時々あったり、先生たちの演奏会も見にいったり
そこでさらに新しい先生と仲良くなったり・・・
交流を深めています。
とはいえ、僕もそろそろ三十代。
身を固めなくちゃなぁと思う今日この頃。

楽器やってて、持病のこともわかってくれる・・・。
そんな人に出会えると良いなぁと思いますね・・・。

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こんにちは。 ミヤです。


今日は、少し込み入ったお話をしようかなと思います。
今回は、人間関係の面倒臭い闇の部分のお話です。


これを話しするには、相当勇気を出しました。
というのも、人間関係を構築 する為に、相当面倒な行動を数多く起こし、現在に至るまで色んな闇を抱えてきたからです。

 最初は、小学校の頃。
人間関係がこの頃から正直嫌いになっていましたが、一番大きな転換点になってしまったのは
小学3年生の頃。

担任のOという教師の影響によるもの。
先生のイラスト(女性)

女教師でした。
正直いうと、あの頃意地張ってでも
こんな地域の中学には進学したくない!
と思い立ち、中学受験をしました 

僕の時のイジメも、当時にしてはよくあるパターン。
・「〜菌がうつる〜!逃げろ〜」みたいに当事者にされてしまう
・持病のコンプレックスを無茶苦茶ネタにされる。
・体育もそれの影響であまり出来んのに、男子に無茶苦茶いじめを受ける。

幸い暴行は無かったものの、言葉による精神的な辛さはきついものでしたし
何より、担任の見てみぬふり、自分が無理やり解決しようとしたら、お前もやっただろみたいに跳ね返されたのが余計腹が立ってしまい・・・


もう、学校というものが信用できずにいましたね、当時は。
 

しかし、中学に受かり、向こうに行ってからは生活が一変。
海外の先生たちとの毎日の楽しいやりとりや、限りある友人との楽しい時間を中高一貫の6年間で楽しく、さらに進学した大学では、高校から一緒だった友人と同じ大学でゼミもずっと同じだった為、4年間、なんやかんやの10年間を楽しく過ごしていました。

ですが、深い傷はいまだに消えずにいます。
僕の中で
他人と話す=何か裏があるんじゃないか?
という恐怖が前もってある訳で
 
それこそ、仲が良くなってきて話せる様になった方々ならいいものの
初対面だったり紹介だったりすると、恐怖しか感じません。

最近は徐々に心理的に楽にはあるものの、やっぱり過去のトラウマはずっと残っていて😢

今も会社などの集団生活では、他人と馴染めずにいるのがいます。


やっぱり、会社に所属する以上は
上司、同僚などと色んな人たちと円滑に作業を進めなくてはいけませんが
僕の場合、そこがweakポイント(まぁ、弱点ですね)で・・・

単純に書類を作ったり、工夫を考えてみたりは好きなんですが
報連相がなかなかうまくできなくなってしまい
他人との相性が合わない部分が大きいですが・・・・

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その一方で、学生時代の恩人であったり、仲良くなった人たちとは
しっかりと話ができたり、時には喧嘩をしてしまったり・・・

自分のしっかりとした表現ができているんだろうなぁなどと思っています。

やっぱり、環境によるものは、ものすごく大きいですね。
僕自信、中学に行った途端、いろんな先生(学校が学校だったので特にネイティブ)
となるべく話す様に心がけ、一日ひとりという勝手な目標はつけていました。

そのおかげで、日常のそれなりの会話ができたり、迷っている海外の方がいたら
即座にアウトプットして出せる様になりました。
大学は学部は違ったものの、ネイティブの多い学校を選んだおかげで
ほぼ毎日先生と話せたり、留学生友達もできたり・・・


いい事づくしだった気はします。

ですが、やっぱり根本のトラウマは抜けずに今もずるずるw
もう諦めてますね。

まぁ、こればかりはゆっくり解消かなぁなんて思っています。

のんびり頑張るぞ〜!

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