こんばんは。ミヤです。

数日過ぎてしまいましたが、広島の原爆投下の日からあれから75年が経過しました。
その日を迎えて今日は少し私なりに見解(意見?)を書こうかなと思います。



1,945年8月6日 午前8時15分
この日、人類史上、日本は初めてアメリカから
リトルボーイ(幼い子)という原子爆弾が投下されました。
広島の町は一気に残酷な姿になってしまい、真っ赤な火の海に・・・
いきゆく人々は、放射能の影響
(当時はそんな言葉もない為、何が起こったのかが分からなかったでしょう・・・)で、見る影もない姿になっていったと言われています。
当時の死者は、約14万人とされていますが、推計値に過ぎないとされています。

私の祖父母はもうなくなっていますが、どちらも、そちらの方面の出身ではなかったです。
しかしながら、原子爆弾がたまたま投下された地域に住んでいた祖父にその話を昔聞いた頃があり、今でも覚えています。
本当に残酷な話で、当時まだ小〜中学生だった自分もやはり子供心だったのですが、凄く背筋が凍ったのを覚えています。

原爆は国内に広島だけではなく長崎にも投下されています。
この時は、先述のリトルボーイではなく、
ファットマン(太ったおじさん)という物が落とされています。

実際にこのどちらのものを聞いて私がこの20年以上生きてきた中で感じた事を
最後に綴って今回の記事を閉めようかなと思います。

実際に、原爆を落とされたという事実はもう変わりはなく、この経験をした被爆者の方々は徐々に高齢化が進んでしまい、話が聞けなくなってしまうのも事実です。
しかしながら、この先の未来、この様な話を将来にわたって私たちが先の子孫たちに語り継いでいく事はもちろんですが・・・
戦争そのものの悲惨さ、
平和の大切さ、
何より、人が平穏でのんびり暮らしていけるにはどの様にしていけばいいのか
を一人一人で考えていく必要があって、それを行動に移していくことが出来れば
平和な世界は訪れるのかなぁと考えてしまいます。

今の世界、暴行事件などの様々な犯罪が度々起こりえます。
また、言葉で解決とはいうものの、言い方がキツくなってしまって
そこでも問題が発生してしまう事も度々あるんじゃないかなぁと思います。

そんな時にのんびり、ゆっくりと言う事や、いつも焦らず気楽にいく事が出来れば
何より楽になるのかな?

そんなふうに思いました。